ビブロフィリアの書斎

鳥頭が鑑賞した物語の紹介

9.水曜の朝、午前三時

【紹介日】
2022.4.27(水)


【今回の物語】
『水曜の朝、午前三時』


【作品媒体】

小説

 

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【著者・監督】

蓮見圭一


【出版日・公開日】
2017年11月20日


【出版元・製作元】

河出書房新社

 

【あらすじ】
「もしかしたら有り得たかもしれないもう一つの人生、そのことを考えなかった日は一日もありませんでした一一」

1970年、大阪万博を舞台に叶わなかった恋とその後の二十数年。恋の痛みと人生の重みを描く、究極のラブストーリー。(裏表紙より引用)


【感想】

独特の語り口調が印象的な物語です。とある理知的な母親と無垢な娘の様子。その中で母親の病状と『A級センパン』という単語が目に付きます。

物語は母親・直美へと焦点を当てて進行していきます。大人びた言動が目立つ直美の様子は、彼女の才能を感じさせます。大阪・万博に接する彼女は力強く、周囲とは際立つ存在感が文字からひしひしと伝わります。

 

最初は名家の暮らしぶりや万博の煌びやかさなど、華やかな世界が目に入りますが、物語は彼女の好奇心と共に、次第に大阪、日本の闇や彼女自身が抱える影へと沈み込んでいきます。

あんなに華々しい印象に溢れていた直美が闇に溶け込んでいく様子が、むしろ彼女の魅力を引き立てていく様に感じるのは何とも奇妙な心地です。

我が道を進む彼女が出会った男性・臼井は彼女に相応しい好青年といった印象が強いですが、ある人物の忠告によって明らかになる素性によって彼の印象はがらりと変わります。

鳥頭は自身が鳥ということもあって人種に対する貴賎がないので、その素性についても「そんな秘密があったんだ」と意外に思った程度でした。

 

しかし、物語は臼井の素性が明らかになった事によって捻れ曲っていきます。直美に相応しく才能に溢れ、人柄も素晴らしくて周囲から羨望の眼差しを向けられる臼井。一度は憧れを抱いた者たちが彼の素性を知った時に見せる、まさに手のひらを返した様な態度は、当時の日本が抱える近隣国に対する敵意を感じさせます。

特に、直美の母が見せた姿が強烈だったと鳥頭は感じました。先日まではふたりの婚約を楽しみにしていた彼女が人が変わった様に臼井を激しく非難する様子には恐怖すら感じさせられました。

また、素性が知れたことでボロボロになった臼井の妹に対して彼女が取った行動は、詳細が語られないことも相まって恐怖心を増幅させますね。

 

臼井との出会いと別れ。その衝撃もあって、一度は反発した“親の選んだ相手”と夫婦になる道を選ぶ直美。自我が強いが故にぶつかり合うふたりの様子が印象的ですが、これも円満な夫婦の姿だと私は感じました。

 

様々な書評が飛び交う本作品ですか、私は特に『真っ直ぐに生きる事の難しさ』というものを作品を通して感じました。

直美や臼井を筆頭として、万博という世界の中で出会う人物たちは真っ直ぐに行き、その愚直さゆえに苦しみます。

ただただ自分の心と向き合って生きようとする彼らが、どうしてこうも傷だらけにならねばならないのか。協調性に固執する日本が抱える歪みを、力強く描いた作品だと私は感じました。

 

お立ち寄り頂きまして、ありがとうございました。
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