ビブロフィリアの書斎

鳥頭が鑑賞した物語の紹介

17.秘剣 梅明かり

【紹介日】
2023.10.28(土)


【今回の物語】
『秘剣 梅明かり』

 

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【作品媒体】

小説

 

【著者・監督】

鵜狩三善


【出版日・公開日】
2022年10月30日


【出版元・製作元】

アルファポリス文庫

 

【あらすじ】
北陸の小藩・御辻藩の藩士、佐々木景久。人並外れた力を持つ彼は、自分が人に害をなすことを恐れるあまり、世に背を向けて生きていた。だが、あるとき竹馬の友、池尾彦三郎が窮地に陥る。父の代から確執がある後藤左馬之助が、彼との決闘を望んだのだ。左馬之助は、一流の剣客。一方、彦三郎は剣の腕がからきしで、立ち合えば命はない。景久は友を救うべく、己の生きざまを捨て、決闘に割って入ることにした。勝算はある。彼は生来の剛力だけでなく、師から秘剣・梅明かりを授けられており一一(裏表紙より引用)


【感想】

珍しい場所から時代小説を出版されているのを見付け、吸い寄せられる様に手に取っておりました。

これぞ時代小説といった勧善懲悪。出版社の特徴を表す様な「平凡にして非凡な」主人公の、すれ違ってばかりの恋模様。

分かりやすい展開が目立ちますが、これぐらい快活な方が「時代小説らしさ」を感じますね。

 

物語は二部構成にて展開されます。鈍刀と思われていた景久が妖刀としての正体を表す前半と、彼の前に大敵が立ち塞がる後半。一連の事件をきっかけとして、井戸から枝を見上げるだけだった景久は遂に雄大な世界へと手を伸ばします。

 

時代小説にしては殺陣が大人しく感じますが、これは景久の戦い方と、景久・左馬之助の両雄が異常過ぎる故に感じます。逆に、ふたりが他の剣客と対峙する場面は「圧巻」の一言に尽きますね。対等な相手がいない様子には、孤高さを感じました。

 

周囲の助力によって真っ直ぐに歩み続けられた景久。彼が己の力に呑まれた姿が赤森嘉兵衛であり、後藤左馬之助であると感じたのは、きっと鳥頭だけでは無い筈です。

対等な相手の出現によって自身を解放する心地良さを知った景久。それでも彼は、理解者たちと歩む道を選びます。徹頭徹尾、人情に溢れた作品でした。

景久が最後に「自身の恋心」に気が付くのは、こうした人情風情の象徴に映りますね。

 

お立ち寄り頂きまして、ありがとうございました。
次回も宜しくお願い致します!
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16.砂の上の1DK

【紹介日】
2023.9.29(金)


【今回の物語】
『砂の上の1DK』


【作品媒体】

小説

 

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【著者・監督】

枯野瑛


【出版日・公開日】
2022年9月1日


【出版元・製作元】

角川文庫

 

【あらすじ】

産業スパイの青年・江間宗史は、任務で訪れた研究施設で昔なじみの女子学生・真倉沙希未と再会する。追懐も束の間、施設への破壊工作に巻き込まれ……瀕死の彼女を救ったのは、秘密裏に研究されていた未知の細胞だった。

「わたし、は一一なに一一?」沙希未に宿ったそれ=呼“アルジャーノン”は、傷が癒え身体を返すまでの期限付きで、宗史と同居生活を始めるのだが一一窓外の景色にテレビの映像ら机上の金魚鉢……目に入るもの全てが新鮮で眩しくて。

「悪の怪物は、消えるべきだ。君の望みは、間違っていないよ」終わりを受け入れ、それでも人らしい日常を送る“幸せ”を望んだ、とある生命の五日間。
(裏表紙より引用)


【感想】

鳥頭はあまり著者買いをしないのですが、今回の物語は著者が誰か気が付いた瞬間にレジへと駆け込みました。

独特な世界観と、心に響く恋愛劇。

『終末なにしてますか?』の作者様が現代を舞台とした物語を描かれていた事に驚きました。

 

裏の世界を生きる宗史の日常は本当に目まぐるしいですね。

駆け足に主要人物と背景が紹介されると、気付けば事件が勃発。宗史はその過程で、物語のキーパーソンとなる存在“アルジャーノン”と接触します。

 

物語はアルジャーノンと宗史を主軸に進むのですが、その導入・展開が実に面白いです。僅かな機会から知識を蓄えて進化するアルジャーノンと、その様子に戸惑う宗史。

人間を理解し得ないアルジャーノンが、あっという間に不思議な少女へと変化していく様子には、思わず読者ですら戸惑いを覚えます。

 

自我を持ちながらも、自身が消え去ることを受け入れた言動を繰り返すアルジャーノン。

歪な日常を重ねる二人ですが、アルジャーノンが人間の“絆”に興味を持った事から、物語は次の段階へと移行を始めます。

 

宗史の過去、アルジャーノンの存在、沙希未を始めとした周囲の人物たちの立ち位置。

濃密な情報が詰め込まれたながらも、この世界はたった五日間、たった1DKの空間を核として構成されている。改めて考えてみても、狐につままれた様な心地です。

 

アルジャーノンのある行動から宗史は動かざるを得ない状況となり、それはクライマックスへの引き金となります。

頭でっかちかと思いきや、決意した宗史は完全に武闘派です。当事者の言葉を借りるなら「一人で集団戦を展開する狂人」です。

突如として巻き起こった大立ち回りと共に物語は終幕へと突き進みますが、その結末も踏まえて鳥頭としては“心地よい”と感じる幕の引き方でした。

 

これは、丁寧な展開の賜物だと私は受け取りました。一見するとご都合主義に映りますが、納得が出来る奇跡。

鳥頭はハッビーエンドが大好きですが、歪な展開には一気に興が冷めてしまうんです、難儀な性格です。

しかし、この物語は最後の一頁まで快く捲る事が出来、読後には大きな息が零れてしまいました。

 

後書きの作者様の言葉にて「ここで書く予定だったことを、色々とつまみ食いしちゃっていて、慌てた。」とありましたが、これは間違いなくあの少女のことですね。

『くとり、がんばれっ』

 

お立ち寄り頂きまして、ありがとうございました。
次回も宜しくお願い致します!
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15.人形浄瑠璃(文楽若手会)

【紹介日】
2023.6.24(土)


【今回の物語】
義経千本桜 すしやの段』

『傾城恋美脚 新口村の段』

『釣女』

 

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【作品媒体】

人形浄瑠璃


【感想】

今回は久しぶりに文楽鑑賞に赴いたので、その紹介をさせて頂きます。ネタバレ回避の為に映画鑑賞は紹介しておりませんが、200年以上前の作品なんで大丈夫かなと。解読書も多数出版されておりますしね。

 

吉野、新ノ口と、今回の演目が奈良が舞台でした。

最初の演目は『義経千本桜』となります。

開幕一番、「なれ」の二文字から展開される掛け合いが気持ち良いですね。とある「すし屋」を舞台に、主要人物が紹介されていきます。

文楽では基本的に、中心となる人物が序盤で紹介されます。長大な物語を部分的に取り上げるという性質上、これは当然の演出ですね。更にその展開が濃密な中身へと繋がっていきます。

荒くれ者として登場する「いがみの権太」

実母を脅して錢をせびる姿、乱れた佇まいが印象的な彼ですが、その演出は最後に活きてきます。

人形浄瑠璃という作品の特長として、その人形の姿が上げられます。基本的には三人一組、精緻な演技が出来る「文楽人形」には、その見た目にも特長が付けられております。

権太は諸肌を脱ぎ、乱れた姿が印象的で、まさに「悪ガキ」といった様相。錢をせびり、自分が跡を継ぐと喚き散らす姿が非常に印象的です。そんな彼だからこそ、最期には胸を打つ演技を魅せます。

幕府に従い、実父から恨みをの一撃受ける権太。文楽では、次に紹介する『傾城恋美脚』もですが、文楽ではこうした「命懸けの行動」が好まれる様に感じます。

単純な思考ですが、現代を生きる我々の心を打つその覚悟ある姿は、やっぱり昔から尊重し、敬愛されていたのでしょうね。

ここで特に鳥頭が面白いと感じたのは、鎌倉幕府という組織と、吉野という舞台です。吉野といえば南北朝の動乱、劇中でも鎌倉幕府の追手から権太は、南北朝時代の豪族・奥山金吾の様だと称賛を受けます。我々からすれば南北朝の英雄といえば「大悪党」と名高い楠木正成ですが、立場が違えばその評価も変わるのが実に印象的でした。

大切なもの全てを賭して平維盛を助けた権太。彼の死と共に幕を閉じる物語は、心に深く残り続けます。

 

次に上演されたのが『傾城恋美脚』となります。最初の演目が一転して、次は純愛を題材とした物語となります。

冒頭から女房の強烈が受け答えが印象的です。文楽においてこうした「掴み」は、物語を圧縮する為の基本技法とも言えますね。

ひと段落したところで、中心人物である梅川・忠兵衛が、場違いな姿を舞台へと晒します。

奈良の片田舎、水呑百姓が当たり前の村落に瀟洒な姿で現れる二人。雪の積もる家屋を背景にすることで、その特異性は更に際立ちます。

縁故を頼りに村落を訪れた二人。物語は忠兵衛の実父・孫兵衛と、梅川とのやり取りを中心として展開します。現代の恋物語にも流行りがある様に、『遊女と誠実な若者』の恋物語には誰もが憧れを抱いたのでしょうね。大罪を犯した大恋愛は、更にその憧憬を燃え上がらせます。

非難を重ねながらも、我が子を想う孫兵衛。親子が絆を交わした後、物語は大きく動きます。

二人を逃がした直後、躍動的な追手の姿は実に流暢で、人形劇とは思えない程に滑らかです。流れる様な展開の後、我が子へと手向けの言葉を送る孫兵衛の寂しき姿を映しながら、物語は幕を閉じます。

 

最後を飾る『釣女』は、ある殿様と従者が嫁御を釣り上げるという滑稽な物語です。今まで重たい物語が演じられただけに、その様子は実に愉快で、劇場内にも笑い声が上がっておりました。

頓珍漢な従者の受け答えと、それを生真面目に受け取る殿様の様子が、更に笑いを誘います。

気持ちのよいドタバタ劇と小芝居を演出し、今回の演目は拍手と共に閉幕を致しました。

 

お立ち寄り頂きまして、ありがとうございました。
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14.和菓子のアン

【紹介日】
2023.2.28(火)


【今回の物語】
『和菓子のアン』


【作品媒体】

小説

 

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【著者・監督】

坂本司


【出版日・公開日】
2012年10月20日


【出版元・製作元】

光文社文庫

 

【あらすじ】

デパ地下の和菓子店「みつ屋」で働き始めた梅本杏子(通称アンちゃん)は、ちょっぴり(?)太めの十八歳。プロフェッショナルだけど個性的すぎる店長や同僚に囲まれる日々の中、歴史と遊び心に満ちた和菓子の奥深い魅力に目覚めていく。謎めいたお客さんたちの言動に秘められた意外な真相とは?(裏表紙より引用)


【感想】

作者様自身も述べられておりますが、和菓子ミステリーとは本当に珍しい題材だと私は思います。

日本の『掛詞』の文化とミステリーという組み合わせが小気味よく、それらを繋ぐ和菓子というキーワードがまた物語を引き立たせます。アンちゃんは掛詞の事を駄洒落と非難しておりましたけどね。

 

様々な上生菓子と共に物語は進行します。鳥頭は和菓子を愛しておりますが、私も知らない名称や由来が多数登場し、章ごとに登場する和菓子の紹介には胸が踊りました。

また、登場人物は個性に溢れておりまして、これが物語に味わいを加えます。個人的には、河田屋の店主が最も印象に残りました。私は「ものづくり」に従事しているのですが、職人さんって本当に個性的で、しっかりとした「自分の世界」を持っておられますよね。

 

みつ屋での業務を通して、様々な出会いと共に成長していくアンちゃん。最初はふわふわとした佇まいが印象的な彼女が自分なりの考え方を深めていく様は、ついつい頁を捲る指に力が篭もってしまいます。

一見すると唯我独尊、自由奔放なみつ屋の店長である椿。彼女の衝撃的な過去が明らかになったところで物語は幕を閉じます。

 

前半はインパクトのあるエピソードが目立つ反面、後半では心に突き刺さる感動的な裏話が明かされていきます。

魅力的な物語が並ぶ作品ですが、私は特に河田屋の店長が初登場する章が印象に残りました。

物騒な言動を繰り返す、怪しい風貌の男。「半殺し」というキーワードが登場した事で、私は漸く彼の素性に気が付きました。

 

この物語は和菓子というテーマと合わせて、デパ地下という要素も含んでいるのが、更に面白味を付与しますね。

季節や時間による客層の変化やタイムセールでの戦い、閉店後の裏側など、デパートという施設は戦場の様ですね。確かにタイムセール間際の張り詰めた空気などは、私自身も感じたことがあります。

 

身近にある世界で広がる、地平線が見えない様な大きな舞台。その情報量をぐっと固めて出来たのが個性豊かな登場人物達だと考えると、妙に納得をしてしまいました。

最後に登場する、スフレが美味しい喫茶店の店員。非常に印象的な言動で物語の締め括りに貢献する彼女は、以降の作品の主人公なのか、以前の作品の主人公だったのか。

非常に魅力が際立つ人物でした。

 

お立ち寄り頂きまして、ありがとうございました。
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13.酒が仇と思えども

【紹介日】
2023.2.2(木)


【今回の物語】
『酒が仇と思えども』

 

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【作品媒体】

小説

 

【著者・監督】

中島要


【出版日・公開日】
2021年2月20日


【出版元・製作元】

祥伝社

 

【あらすじ】
酒で悩んでいる人に手を貸したい。幹之助がそう言い出した時、親はもちろん奉公人まで目を丸くした。

酒屋の主人になるのなら、酒の功罪を知っておきたい。並木町の七福は酒を売りつけるだけではない。後の事まで気を配ると世間で思ってくれれば、客がさらに増えるはずだ一一。

それから二年、さまざまな、中にはとんでもない相談も、幹之助のもとに持ち込まれた……。(裏表紙より引用)


【感想】

愛する人との結婚間近にしながら、何やら秘密を抱えた娘の葛藤から物語は始まります。酒屋・七福には本当に様々な相談事がやってきます。

酒を断ちたいと悩む娘や、酒の失敗を取り戻したいと悩む酒乱など、その相談は様々ですが、いずれも酒呑みには共感できる所が面白いですね。

機転を効かせながら相談者の悩みを解決していく幹之助。その解決方法には落語の様な起伏を感じさせるものがあると、私は感じました。

 

様々なエピソードが並ぶ中、私が特に印象的に感じたのが故人との絆について酒を通して語られる『極楽の味』でした。とある大工の失敗談と、幼馴染との絆。そこに酒に纏わる約束が絡む事により、物語は意外な方向へと進みます。

酒で失敗した人間からは思わず笑ってしまう様なエピソードが並ぶ中、読後まで感動に浸ることの出来る物語が突然現れた事に、思わず目頭が熱くなります。

『極楽の味』を断り、親友との思い出の味を心に留める事を選ぶ青年。その様子は清々しく、とても気持ちが良い読後感が心に残りました。

 

最後に幹之助自身の酒に纏わるエピソードが綴られて、物語は幕を閉じます。

相談事を受けている時はあんなに底深く感じられた幹之助も、自身の事となると途端に浅はかになり狼狽する様子が実に面白いです。その締め括りも見事な落ちが付き、本当に落語を拝聴した様な痛快さがありました。

 

お立ち寄り頂きまして、ありがとうございました。
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12.ランチ酒

【紹介日】
2023.1.12(木)


【今回の物語】
『ランチ酒』

 

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【作品媒体】

小説

 

【著者・監督】

原田ひ香


【出版日・公開日】
2020年10月20日


【出版元・製作元】

祥伝社

 

【あらすじ】
犬森祥子、バツイチ、アラサー、職業は「見守り屋」。営業時間は夜から朝まで。様々な事情を抱える客からの依頼で人やペットなど、とにかく頼まれたものを寝ずの番で見守る。そんな祥子の唯一の贅沢は、夜勤明けの晩酌ならぬ「ランチ酒」。別れた夫のもとで暮らす愛娘の幸せを願いながら、束の間、最高のランチと酒に癒される。(裏表紙より引用)


【感想】

夜間の仕事『見守り屋』の一員として、昼夜逆転の日々を送る犬森祥子。彼女が仕事明けの拘りとしてランチを肴にお酒を嗜む姿は食への感謝に溢れており、その至福の様子には同じ酒呑みとして敬意すら感じます。

自由に見える裏側で、過去に縛られ、愛娘との距離に苦しむ祥子。ランチ酒を楽しんでいる姿の裏側に、頭の中を空っぽにして眠りたいという切実な事情があるのが意外に感じました。

 

様々な出会いを繰り返しながら、少しずつ前へと歩み出す祥子。そんな彼女がとある料理を巡って愛娘とすれ違う様子は姿は心に響くものがありました。

どんな優良店でも出せない、その家ごとの[家庭の味]。娘への愛からそこに辿り着いた彼女の姿は、母親の偉大さを感じさせました。

少しずつ前へと向き直りながら、新たな一歩を踏み出して行く祥子。彼女の姿は本当に力強く、輝いて見えてしまいます。

 

私が特に印象的だった物語は、息子から老いた母親の見守りを依頼されるエピソードです。

仕事で家を空ける必要がある男性から、痴呆が進行している母親を見守ってほしいと依頼を受ける祥子。

何度か依頼を受けていた相手という事もあり

いつもの様に対応をする祥子ですが、この日は彼女から意外な申し出があります。

彼女の願いを聞き入れ、夜の買い物に出掛ける二人。この行動がきっかけとなり、他者を自室に入れたがらない母親の、本当の理由が明らかになります。

 

食の彩やかさが印象的なエピソードが並ぶ中、純粋に美しい光景が広がる様子には息を呑んでしまいました。

老いには勝てず、陰気な様子が目に付く母親の暗さが目に付く序盤。一転して後半からは、趣味を楽しみ、しっかりと胸を張って生きる彼女の明るさに目を奪われてしまいました。

エピソードの締め括り、鮨を肴に粋なランチ酒を楽しむ祥子の姿が、また気持ちが良いです。

 

一冊の物語としては終わりを迎え、彼女の物語としては始まりを迎える。今後の展開が本当に楽しみな一作だと、私は感じました。

 

お立ち寄り頂きまして、ありがとうございました。
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11.夏の終わりに君が死ねば完璧だったから

【紹介日】
2022.8.24(水)


【今回の物語】
『夏の終わりに君が死ねば完璧だったから』

 

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【作品媒体】

小説

 

【著者・監督】

斜線堂有紀


【出版日・公開日】
2019年7月25日


【出版元・製作元】

メディアワークス文庫

 

【あらすじ】
片田舎に暮らす少年・江都日向は劣悪な家庭環境のせいで将来に希望を抱けずにいた。

そんな彼の前に現れたのは身体が金塊に変わる致死の病「金塊病」を患う女子大生・都村弥子だった。彼女は死後三億円で売れる『自分』の相続を突如彼に持ち掛ける。

相続の条件として提示されたチェッカーという古い盤上ゲームを通じ、二人の距離は徐々に縮まっていく。しかし、彼女の死に紐づく大金が二人の運命を狂わせる一一。

抱えていた秘密が解かれるとき二人が選ぶ『正解』とは?(裏表紙より引用)


【感想】

意思の弱い少年・江都日向と、自分を貫く女性・都村弥子。二人の交流と共に物語は進行します。

田舎の島の中に異質に存在する終末病棟で交流を重ねる二人の様子が、非常に印象深いです。最初は弥子に振り回される江都の様子が印象に残りますが、次第に弥子の病状の進行に気を引かれていきますね。

時に垣間見える、死に対する恐怖を露わにする弥子の姿。その儚さこそが彼女の本当の姿だと私は感じました。

 

弥子の死が現実味を帯びると共に、物語は『最愛の人の(物質的な)価値』と、『愛という(精神的な)価値』の衝突へと進んでいきます。

偏見かもしれませんが、マスコミが江都を囲む様子は、彼らの醜さを如実に表現していると私は感じました。

江都に群がる醜い報道者達に、大金の前に挙動がおかしくなる島民達。思わず目を逸らしたくなる様な人間の欲深さ、意地汚さに晒されながら、お互いの心と向き合うふたり。弥子の口から語られる真実は、私としては予想が出来なかったものでした。

 

ここで私が特に面白いと感じたのはですね、構図としては弥子が日向の真実を暴いているのですが、弥子自身によって彼女の過去も暴かれていく様子が素晴らしいと感じました。

お互いの全てを曝け合ったふたりは、最期の逃避行を始めます。ここでふたりが申し合わせたかの様に支度を進める様子は、物語最大の魅せ場だと私は感じました。

車椅子に乗った弥子と共に駆け出した江都。辛い状況になっても決して目を背けず、ひたすらに目的地へと進んでいく彼の姿は、決意の深さが滲み出てくる様ですね。

 

目的地へと辿り着いた日向に意図を確認する弥子。全てを捨てることで“ふたりの心”を表現しようとする彼の行動は、きっと大人達からすれば「馬鹿な子ども」として批判をされるのでしょう。でも、私はそんな真っ直ぐさが、海面に映る太陽の如くキラキラと輝いている様に見えました。

結果として目的は達成出来ず、病院へと連行されてしまったふたり。しかし、その決意はお互いに確かな道しるべを与えることとなりました。

 

誰もが一度はぶつかる悩みだと思いますが、人生の価値とは何なんでしょうね。

名声があることが価値なのか、財産があることが価値なのか、権力があることが価値なのか。

しかし、どれだけ残すものがあろうと、死人の最後は骨しか残らないんです。そんな常識を覆す『もし、死人に金銭的な価値があるとすれば。』という世界。これって、本当に衝撃に満ちた考え方だと私は感じました。

 

お立ち寄り頂きまして、ありがとうございました。
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